神々の黄昏の時代
エイジアの民に伝わる《ジン》
それを探す首都の民

《ジン》とは?サイタンとは?

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施設
  ユーニスはエイジアの驚愕と不安を落ち着かせようと、低い声で制した。
「あなたの意志がなければこれは共有できません。あなたが許可したから、共有できたのです。安心して。勝手にあなたの心や記憶に立ち入ることはなんびとも出来ないのです。人間の意志、決定はどんなに時代が進んでも犯しがたいものです。」
 エイジアは脱力したように座った。
「やはり、きみはエトーとごく近い間柄だったようだ。」
 トーダが再び納得するようにうなずいていた。
「何があったんだろうな?天変地異か、それとも・・追っ手か・・。」
 デンがつぶやいた。
「まあ、このくらいで。・・休みなさい。首都を見物してもいい。」
 ユーニスはエイジアを気遣って立ち上がり、みなをうながした。
 デンとサオ・ハが付き添ってくれた。
「行きたいところはあるかい?それとも、きみの部屋に案内しようか?」
 デンが言ってくれて、エイジアは答えた。
「わたしの部屋?」
 デンは笑って歩き出した。
「こっちだ。」
 やはりテラスに乗って今度は上昇した。
 格納庫があった階の回廊をぐるっと回って、反対側の扉を入ると、そこは4人乗りの乗り物が並んでいる空間だった。そこでデンとよく似た少女と、彼女に付き添う中年の女性に声をかけられた。
「デン!」
 デンは声のする方を見ると笑った。
「モリン!」
 エイジアの方を振り返ると紹介した。
「妹だ。モリン。こっちは母。」
 モリンは美しい漆黒の瞳をキラキラさせてエイジアを見た。
 エイジアはこんなに澄んだ瞳は見たことがない、と思った。
「どうしたんだ?」
「先生のところへ行って来たところ。デンは?」
「ああ、これからオレはこのひとを保養施設に送るとこだ。」
「誰?」
「西の海辺から来たエイジアだ。」
「はじめまして。」
 モリンは笛が鳴るような声を立てた。
 デンの母も笑っていた。
 エイジアはモリンの声に聞き惚れながら尋ねた。
「先生って?何か習ってるの?」
 デンが替わりに少し誇らしげに答えた。
「歌を習っている。モリンの歌は首都で知らない者はいない。」
「そう。今度聞くといいよ。」
 サオ・ハが微笑んだ。
 ふたりと別れると、デンは4人乗りの飛行艇にエイジアとサオ・ハを乗せて発進した。
 自動的に格納庫の扉のようなものが開いて、空へとその小さな乗り物は飛翔した。
「きみのような客人を迎える施設がある。そこでゆっくりしたらいい。眺めも最高だ。」
 あっという間に距離を飛び、再び降下し始めた。
 眼下に美しい水面を望んだ。
「あれは?」
「湖だ。」
 その湖畔に緑に溶け込むようにその建物はあった。
 デンが案内すると、その施設の人々が笑顔で迎えた。
 エイジアは湖に面した居心地のいい部屋に通された。
「食事をとろう。」
 並べられたのは、見たことのない美味しい料理、果物、飲み物だった。
「不思議だ。」
「何が?」
 サオ・ハが問うた。
「シュトのどこが何か違っている?まるで理想の世界じゃないか。『ジン』が足りないとはとても思えない。」
 サオ・ハは黙った。
 どう、言葉にしたらよいものか、内側で吟味しているかのような表情だった。
「ユーニスが言ったことを覚えてる?」
「?」
「巧妙な死亡事故。」
「ああ。変な言葉だった。」
「何も間違っていないように、死に至らしめる。・・そこまで進化しているんだ。」
「どういうこと?」

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「死って、ただ体が死ぬことだけじゃない。心だって死ぬ。」
 今度はエイジアが黙った。
「『ジン』っていうのはただ穏やかな優しいだけのものじゃない。人間に喜びと輝きを与えるものだ。」
「そうなんだ。」
「例えばこの湖を見ても、何も感じなくなったとしたら、それはその人は生きているといえるんだろうか?」
 エイジアは外を見るためにゆっくりと顔を上げた。
「そういう人が増えているんだ。」
 デンも添えた。
「だけど、そんなたいそうなことがたったひとつの宝物くらいで解決するのかい?」
 サオ・ハは微笑みを浮かべた。
「それは物じゃない。」
「?」
「魂だから。」
 サオ・ハは立ち上がると湖を見下ろした。
 そのサオ・ハの後ろ姿を見つめていたエイジアは、不思議になって誰に聞くともなく聞いた。
「サオ・ハは境人っていうけど。いったいそれって何?たしかに他の人間とは違う感じがする。」
 デンが答えた。
「我々には見えないものが見えるというのは、それはそれでつらいことだ。だけど、それは役割があってそうなんだ。我々よりずっと年はいかないが、サオ・ハは自分の役割を受け入れている。ジンを探すにはサオ・ハのような者が必要だ。ジンに触れるにはよほどピュアでなくてはならない。サオ・ハは本質を洞察してしまうから、自分をごまかすことができない。それは貴重な資質だ。」
「トナンも?」
 思い出したようにエイジアは問うた。
「そうさ。そのおかげできみに会えた。正直、どうしてトナンがメンバーなのかはわからなかったが、なにがどう転ぶかなんて所詮人間にはわからない。」
「へえ?」
 デンはおどけたように首をすくめた。
「デンはなぜメンバーなの?誰が決めたの?」
「ユーニスだ。オレはフツウの人間の代表だな。」
 デンがにやりと笑うのにつられて笑った。

「ゆっくりするといい。何か希望するものはそこを押して連絡して。そして、何か思い出すことがあればいつでも知らせてくれ。」
 デン・オコナーとサオ・ハはそういって部屋の扉を閉めた。
 ひとりになってエイジアは再び湖を見下ろした。
 午後の陽は陰って来ていた。水面に当たる光はきらきらと輝いて、美しかった。
(これを見ても何も感じない人間がいる・・。)
 エイジアは言葉に出来ない感慨を抱いて窓辺に立ち尽くした。

 夢を見た。
 誰だかわからないがあたたかい記憶だった。ナダイに似ているが、ずっと遡った昔のことのようだった。それは、眠ったままエイジアにひとすじの涙をこぼれさせた。
 翌朝起きた時、エイジアにひとつの変化が起きていた。デンに言われたスイッチを押した。
「北に向かうことは出来ないだろうか?」
 やって来たのはトーダとデンだった。
「北?」
「サオ・ハがわたしは北から来たと言っていた。わたしも自分のルーツを探したくなったんだ。」
 トーダとデンは顔を見合わせた。
 さっそく中規模の飛行艇が用意された。
 トーダ、デン、サオ・ハ、そしてエイジアは、再び探索の飛行に出ることになった。
「北の島々をもう一度洗ってみるか。」
 トーダはそういって操縦室で眼前に表示した地図をにらんだ。
「そうだね。北に絞れただけでも前進だ。」
 サオ・ハがつぶやく。
「他にはわからないだろう?」
 トーダはサオ・ハに求めた。
「求めて現れるものでもないんだ。」
 トーダは笑みを浮かべて何度もうなずいた。
 北に点在する島々の内、まずは比較的大きな島に降りて情報収集することにした。
 いくつかの島をあたった。何番目かの島に着く頃は陽が暮れかけていた。

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ウノ
 その島は、町と呼べる場所があり、人もけっこういた。
 トーダは飛行艇を町はずれに置き、歩いてその町に入った。
「飛行場もあるが、最新鋭の機器は目立つからな。」
 食事のとれる場所があり、人が集まっていた。
 4人はそこで夕食を頼んだ。
 やはり比較的エイジア人の顔の多いところだ。
「以前にも来たことはあるんだが、なんの収穫もなかったな。」
 トーダはそう言って食事に手をつける。
 だが、サオ・ハは目ざとくそのトーダの腕の上に手を置いた。
「みなで一斉に見ないで、それとなく見て。あっちのテーブルの男がこっちをちらちら見ている。」
「エイジアを見てるな。」
 デンがそう言って目配せした。
「知ってるのかも。」
「デン。それとなくエイジアと彼に近づけ。気をつけろ。」
 デンはうなずくと、笑いながら立ち上がってエイジアをうながした。
 男のそばの陳列棚にいき、エイジアとともに品定めするふりをした。
 するとずっとエイジアを目で追っていた男が、エイジアに声をかけた。
「おい。おまえアテヒトによく似てるな。」
 エイジアは振り返った。
「違うか?年頃もそんなだ。オレを覚えてないか?」
「あんたは?」
「ウノのおっさんだよ。記憶にねえか?」
 エイジアはデンと顔を見合わすと、答えた。
「記憶を無くしたんだ。わたしを知ってるのか?」
「記憶を無くした?おまえの父親はどうした?ひとりか?」
「あんたはどういう人?」
「おまえの島によく行商に行って遊んでやったろう?あれからどうしたかと思ってたんだ。」
「あれから?」
 デンはその男に言った。
「あっちのテーブルで詳しく話してくれないか?」
「あんたたちは誰だ?」
 エイジアは納得しやすいよう一言でこう説明した。
「わたしを助けてくれたひとたちです。」
 男は自分の酒瓶を持ってテーブルを移って来た。
「ほんとに何も覚えてないのか?」
 エイジアはうなずいた。
「あれからのあれってなんですか?」
「そりゃ、あれだよ。噴火だよ。」
「噴火?」
「おまえの島は活火山で、噴火したろう。人は住めなくなった。」
「父さんのこと、知ってるんですか?」
「ああ、オレの品をよく買ってくれた。上得意だった。」
「何をしてる人?名前は?」
「神官だよ。サタ・エージンだ。」
「じゃあ、わたしは・・。」
「サタ・アテヒト。そうだろ?そうじゃないのか?そうだ、一度木から落っこちて左肘に大怪我したことがあった。見せてみろ。」
 ウノはエイジアの肘をまくった。
 そこにはウノの言う通り、かすかに筋になってふくらんだ傷の跡があった。
「アテヒト・・。」
 エイジアは、いや、アテヒトはその名を繰り返した。
「間違いないようだ。噴火したって?」
 トーダが身を乗り出した。
「そうだ。5年前だ。急な噴火だった。あまり前兆はなかったんだ。いのちからがら逃げられたものはよかった。だが、けっこう死んだな。」
「じゃ、父さんも?」
「そいつはオレにもなんともいえない。だが、それっきり会ってない。島の者もちりぢりになって、どこへ行ったもんやら。おまえは記憶を失ったって?」
「ある海辺の村に流れ着いて拾われたんだ。」
「エトーを知らないか?」
 トーダが声を低くして問いかけた。
「エトー?」
 ウノが聞き返した。
「だれだっけ?そいつは?」
 酒で顔を赤らめたウノは、しばし痺れる脳をまさぐった。
「ああ、庭師のセンのことか?」
「庭師?」
 トーダとアテヒトの声が重なった。
「セン、セン、と呼んでたからな、たしか名字がそんなだって1回こっきり聞いたことがある。エトーって名前は他のやつはあんまり知らねえんじゃねえか?どうなったか知らねえな。運がよけりゃ、アテヒトみてえに助かったろうよ?」
「庭師なのか?エトーは。」
 デンが聞いた。
「オレの知ってるのは庭師のエトー・センだ。神居の手入れをしてた。アテヒトをかわいがってたな。」

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あらたな訪問地
 3人は首都へもどった。惑星の裏側だろうが数時間でもどれるので、島に泊まる必要はなかった。
 あの白い会議室で、トーダは地図を解析機にかけた。
「ウノの言う島からアテヒトの流れ着いた村への海流を辿ろう。その海流の行き先のどこかにエトーがいる。」
「生きている、と思ってる?」
 アテヒトがつぶやくと、トーダは一瞬の間を置いてうなずいた。
「サオ・ハも?」
 トーダとデンもサオ・ハの方を振り返った。
 サオ・ハは何も言わなかった。
 しばらく経ってからつぶやいた。
「わたしにはまだ何も感じられない。ただ・・。」
「ただ?」
「いや。なんでもない。」
 黙ってしまったサオ・ハをいぶかしく思ったが、トーダは気を取り直して立ち上がった。
「とにかく今出来ることは他にない。明日また探索に出る。今夜はゆっくり休むんだ。」

 まだ熱気を帯びたような頭を、静かに横たえながら、アテヒトは今日を振り返っていた。
「サタ・エージン。エトー・セン。・・アテヒト。」
 知らぬ間に寝入っていた。
[だから言ったんだ。見せてみろ。]
[痛い!]
 誰かに抱きかかえられて、運ばれた。
 木から落ちた時だろうか?
 あれはエトーだったのか?

 翌日、海の上を多く飛んだ。
 夕べの夢を思い出しながら、アテヒトは窓の外の果てしない大海を望んでいた。
 海流に沿って、点々と連なる島々に丁寧に降り立っていく。
 ふいに飛行艇の速度がゆるんだ。旋回した。あらたな訪問地だ。
「寄るぞ。」
 降り立ったのは、今までで一番小さい島だった。
「人はいるんだろうか?」
 アテヒトが言うと、トーダは首を振った。
「さあな。」
 降りられる浜はないので、島の頂上の森の中にごく小さく開けた空間に降下した。
「これは人を探すのが大変だ。無人かもしれないな。」
 デンがつぶやく。
「エトーは元々そういうところで脈々と続いてきた一族だ。かえってこういうところの方が可能性は大きい。水場を探そう。」
 サバイバル・トレッキングの好きなデンが、植生や土を見て水場を探した。
「たぶんこっちの方だ。」
「デンが選ばれたわけがわかったよ。」
 アテヒトがそういうと、デンは目配せした。
「言ったろ?オレは普通の人間の代表だよ。」
「普通に人間がみんなこうじゃないさ。」
「いや。趣味嗜好はどうでもいいんだ。普通の人間っていうのは・・。」
 デンがそう言った時、サオ・ハが「静かに」というようにふたりを引っ張った。
 4人は身を低くして、一切の物音を立てるのを止めた。
 しばらくしてアテヒトがしびれを切らせてサオ・ハに問おうとした時、枝を踏む微かな音がした。
 現れたのは鹿だった。
 鹿は、しばらく森の様子をうかがっていたが、やがて踵をかえして急斜面を下っていった。
 サオ・ハが合図した。
 4人は鹿の後を追った。
 鹿が降りていった窪地に、小さな泉が湧いていた。
「あったな。」
「人がいるとしたら必ず水場のそばだ。」
 うなずいたアテヒトの目に、あるものが映った。
「ほら、これ。」
 柔らかくなった土の上に、人らしき足跡がある。
「辿ろう。」
 足跡はすぐに見失ったが、サオ・ハが指を差した。
「こっちだ。」
「なにかわかるか?」
 トーダが聞くと、サオ・ハはうなずいた。
「鹿でないものの気配がする。」

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ドラゴ
 潮騒の音が大きくなった断崖のそばに、大木があった。
 その大木には、人間のものである布が干してある。
 大木のうろには人が暮らしている形跡があった。
 その時、後ろで茂みの揺れる音がした。
 何かが逃げた。
 体躯のいいデンがすぐさま追って、その人物の腕をつかんだ。
「なんだい!おまえらは!」
 初老の女が叫んだ。
「待って。害を加える者ではありません。」
 サオ・ハが静かな澄んだ高い声を上げた。
 女は緊張した面持ちを4人に向けた。
 なかで、アテヒトの顔に目を止めると、ほんの一瞬まばたきした。
「放して。」
 サオ・ハがデンに言って、デンは女を掴んでいた手を放した。
「なんなんだい?あんたたちは?」
 つかまれていた手をさすり、女は乱れた髪をかきあげた。
 アテヒトの顔をチラリと一瞥した。
「この島には他に人は?」
 デンが聞いた。
「・・。」
「助けてほしいんです。これは人間全体にかかわることです。今こそ真心からの智慧が要るんです。」
 サオ・ハが真正面から告げた。
「なんだいそれ?なんのことだい?」
「どうしてここに?」
 トーダの問いに女はへん、と笑って答えた。
「オレは漁師だが、船が難破して漂着した。だが、この島も十分暮らして行ける。だからここで暮らしていくことにしたんだ。」
「他の人間にも会えないか?」
「会っても無駄だ。偏屈な野郎どもばかりだ。」
 その時、熊のように大きな男が太い枝に石斧のようなものを縛りつけたものを振り回して襲ってきた。
 その斧がアテヒトに当たりそうになって、とっさに女はアテヒトをかばった。
「よしな!」
 男がさらに殴り掛かろうとするのを、女は止めた。
「だが!」
「いいんだ。やめるんだ。」
 女の態度は一変した。
「話を聞こう。」
 女が火を炊いて、湯を湧かした。
 島の草を湯に入れて煎じ、それを木の椀に入れてみなに回した。 
「オレたちは元々人が嫌いだ。だからこんな絶海の孤島に住んでる。だが、人を殺すまでは憎んじゃいない。ほっておいてほしいだけだ。」
 女は愛想はよくはなかったが、わるい人間ではなさそうだった。
「わたしはトーダ。こっちはデン。サオ・ハ。そしてアテヒトだ。」
 紹介されたアテヒトにまた瞬間見入った。
 だがすぐに気を取り直したように、問うた。
「どういう事情なんだ?」
 黙って女を見つめていたサオ・ハが前に進み出て胸に手を当てて、言葉を口にした。
「テシケ サイタン ヌレワバウ ウカチ」
 女は鍋をかき回す手を止めた。顔はこちらに向けないが、聞いているのが分かった。
「首都の民にジンが失われるということは、この星からジンが失われていくということ。ならば、どこにいようとその影響は受けます。人から遠く離れて暮らそうとも。エトーの一族にはその時のために智慧が伝わっています。今がその時です。あなたは知っていますね?」
 女は顔を向けた。
「境人か?」
 もう一度顔をそらすと、つぶやいた。
「どこまでわかる?」
「あなたが何か知っているということです。」
「こいつは?」
 女が指差したのはアテヒトだった。
「もしかしてわたしのことを知っている?」
 アテヒトは思わず聞いた。
 女は微かな笑みを浮かべた。
「オレの名はドラゴ。知らないさ。だが・・」
 ゆっくりと顔を向けた。その顔には不思議な笑みが浮かんでいた。
「エトーのことは聞いたことがある。」

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火種
 ドラゴとその仲間の熊のような男は、飛行艇に乗って首都に向かうことになった。
 トーダとデンは渋ったが、サオ・ハが勧めた。
「やつらはどこか信用がおけない。ほんとうに連れていくのか?あそこまで話してよかったのか?」
 サオ・ハは深くうなずいた。
「ドラゴはアテヒトを知っている。それだけじゃない。もっと知ってる。」
「サイタンを引き込んだかもしれないぞ。」
 デンが溜め息をつくと、トーダが口をはさんだ。
「待て。どう転んでもサイタンはつきまとうものなんだ。明日おまえがサイタンにならないとどうして言える?ここはサオ・ハの直感に賭けよう。」
 
 ユーニスとエルナハンがドラゴを迎えたのは、あの白い会議室だった。
「ようこそ。どうかあなたの火種がジンを灯しますよう。」
 ユーニスが微笑んだ。
「なんの挨拶だい?」
「ジンを迎えるためのどんなことも歓迎します。」
 エルナハンがつけたした。
 みなが腰を降ろすと、トーダがドラゴに聞いた。
「エトーを知っているということだった。話してくれ。」
 ドラゴはどこか不敵な笑みを浮かべると、勿体ぶってみなの顔を見回した。
「だが、うかつに話していいもんでもないさ。そっちがまず話すべきだ。」
 サオ・ハがうなずいて口を開いた。
「わたしの宣をあなたは聞き入った。エトーの役割についてあなたは知っていますね?それを知る者は少ない。エトーのことをみなが知っていれば欲の餌食になり生き残れないからです。伝えることを使命とするエトーは逆に目立ってはならなかった。」
 トーダが続けた。
「地核変動が再び増えている。それこそがジンが失われていっている証拠。ジンがあることで世界のバランスは保たれて来たのです。大昔、ジンの均衡を大きく崩し、手に終えなくなって大きな変動に至った時、エトーの一族は再びジンの種を播くことが出来る時が来るまで隠れました。長い大地の変動が収まってようやくジンは播かれ、首都の文化は花開いたのです。だが、その栄えを背にしてエトーは隠れた。再び必要となるまで守り伝えるために。」
「今がその時です。」
 エルナハンがそう告げた。
「ジンが衰えたと?」
 ドラゴが口にした。
 ユーニスがうなずいた。
 しばらく沈黙が続いた。
 ふっとドラゴが笑った。
 アテヒトはいぶかしそうにドラゴの顔を見た。
「オレが知ってんのはね。・・エトーがこいつをかわいがってたってことさ。」
「やっぱりわたしを知ってるのか?」
「いいや。初めて会った。」
「・・。」
「おまえの話は聞いてた。おまえの顔も知ってる。エトーはお前の顔を自分で描いた絵を持っていた。一目でわかったよ。・・おまえがいたからエトーのことを話すためここへ来る気になった。」
「エトーは今どこに?」
 デンが聞く。
「ここにいないことはたしかだね。」
 ドラゴははぐらかすように笑った。
「エトーとはどこで知り合ったんだ?」
 トーダが問う。
「あの島さ。」
「えっ?」
「あの小さな島にやはりいたのか!?」
「もういないよ。」
「・・。」
「もう発った。」
「で、どこへ行ったんだ?」
「さあね。その大事なお役でも果たしにいったんじゃないのかい?」
「エトー自身もそれをしようと動いているのか?」
「だが、やはり自分の欲から狙う者もいると言っていた。それをくぐり抜け、ゆくべきところに辿り着かねばならないとね。」
 サオ・ハはその澄んだ瞳でドラゴをじっと見た。

 ドラゴと熊男のバギを、アテヒトと同じ施設にデンが送った。
 アテヒトはドラゴに聞いた。
「その・・エトーはどんな人?」
「おまえはエトーのことを何も覚えていないのか?何があった?」
「船で難破したらしいんだ。浜に流れ着いた。そこの村でよくしてもらった。だが、ずっと自分の名すら思い出せなかった。」
 ドラゴは前を向くとつぶやくように口にした。
「エトーは独り者だった。おまえと気が合って、おまえをかわいがっていたんだ。」
「木から落ちた時、助けてくれたのもエトーだろうか?」
 ドラゴは振り返った。
「ウノという人に教えてもらった。」
「その話はオレも聞いた。おまえはやんちゃで手のつけられない子どもだったそうだ。」
 バギは黙って話を聞いていた。無口な男だった。
「着いたぞ。」
 飛行艇は旋回した。

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トナン
 ロビーに入ると、見知った顔があった。
「トナン。」
「どうした?回復してきたのか?」
 デンが尋ねた。
 トナンはうなずいた。
「しばらく保養施設でゆっくりしろといわれた。」
 トナンの目線を追って、デンが答えた。
「ドラゴとバギだ。エトーのことを知っているというので連れて来た。そうそう、彼のほんとうの名がわかった。アテヒトという。」
 アテヒトはトナンと目が合って、少し笑ってみせた。
 トナンもほんの少し目をゆるませた。
 やはり少し回復してきているらしい。
「オレはドラゴたちを部屋に案内する。じゃあな。」
 デンが去って、アテヒトはトナンとふたりになった。
「いつから?」
「さっき来たとこ。」
 どちらからともなく、ロビーのソファーに座った。
 トナンは村にいた時と違って、肩の力を抜いてきていた。
 アテヒトに聞いた。
「エトーの件は進んでるか?」
 アテヒトはあいまいにうなずいた。
「そうのようでもあるし、そうでもないようでもあるな。」
 トナンは少しクスリと笑った。
 トナンの笑った顔は初めて見たと、アテヒトは思った。
「今はトナンはメンバーじゃないのか?」
 トナンは首をすくませると、淡々と答えた。
「好きでなった仕事でもないし、好きでなれる仕事でもない。あたしはあたしだ。」
 アテヒトはなぞの多い今の状況に少しストレスを感じていたので、トナンにそれを違う形でぶつけた。
「トナンは何を怒っていたんだ?あんなにチリチリと。あれじゃランバーだってやられる。」
 言ってしまってから、言わなければよかったかと後悔したが、トナンは特に動じる気配もなく答えた。
「何かが違ってると思えた。正しいものを追いかけているというのに、その正しさゆえにイライラした。自分でもそれは説明できないものだ。」
 アテヒトは黙った。
 なんだかわからないが、なにかわかる気がした。
「トーダが嫌いだったのか?」
 トナンは小さく首を振りながら
「トーダが嫌いなんじゃない。トーダの中にある何かだ。だけど・・。」
 そう言って小さく息を吐いた。
「それは自分にもあるものだ。」
 そう言って笑みを浮かべると、立ち上がった。
「ここにいるならまた会うこともあるな。」
 アテヒトはうなずいた。
「なんていったっけ?ア・・」
「アテヒト。」
「じゃあ。また。アテヒト。」
 アテヒトは手を挙げた。
 トナンも片手を挙げて、振り返らず、去っていった。

「振り出しにもどったな。」 
 トーダがつぶやいた。
 白い会議室では、ユーニスとエルナハン、トーダとサオ・ハ、デンとアテヒトが円を描いていた。
「エトーがこちらに向かっているなら、ありがたい。」
 デンが口をはさんだ。
「だが、こちらも探さないと。エトーの無事を確保しないとならない。」
 トーダが言う。
「サオ・ハ。」
 ユーニスがサオ・ハをじっと見ていた。
「言ってごらんなさい。」
 サオ・ハは考え込んでいたようで、一呼吸おいてから返事した。
「はい?」
「何が気になるのです?」
「・・。ドラゴです。」
「ドラゴの何が?」
「エトーはドラゴになぜそこまで話したのだろう?」
 一同は黙った。サオ・ハはつぶやいた。
「あの人にはまだ何かある。」
 そこへ室外から連絡が入った。
 エルナハンが受け、ユーニスに伝えた。
「アルハラが議長に至急会いたいそうです。」
 ユーニスは一瞬黙って、そして告げた。
「ここへ来るように。」

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神々の黄昏
 現れたのは白い髪の混じった初老の男だった。
 アルハラは一同がいるのを見て、一瞬躊躇する表情を見せたが、ユーニスが招き入れた。
「副議長。どうしました?至急とは?」
「その・・。」
「かまいません。ここで。」
「エトーを探しておられるというのは本当ですか?」
「漏れたか。だが早晩知れること。首都を憂れうなら当然為すことですから。」
「その、議長。あなたは何か思い違いをしておられる。」
「どういうことですか?」
「首都の何がお気に召さないのです。何も問題はない。エトーの智慧とは、ただ薔薇色のものではありません。均衡を崩すものです。そんな危険なものを探してどうするというのです?」
 ユーニスはアルハラの方に向き直ると、じっくりとした語り口になった。
「均衡はすでに崩れています。崩れたところでつかの間の安定があるだけ。このままいけば、人を殺すこともなんとも思わない人間が増えることすらあり得る。ジンが失われるということは、ひとのこころが閉じ、通わなくなるということなのですよ。」
「ならば議会にかけるべきです。エトーの智慧を必要とするか否かは、首都の市民が決めること。」
「それはエトーを見つけてからするつもりでした。で、なければ、議会で決まる頃には エトーがいないということにもなりかねない。」
「独断だ。それは議長の権限を逸脱している。」
「アルハラ。」
 ユーニスは立ち上がった。
「何を恐れているのです?」
「恐れているというのなら、議長の独走をこそ恐れます。それこそが、エトーが招く災いの印ではないですか?」
「座ってください。」
 ユーニスはアルハラをソファーに招いた。
 アルハラは落ち着き無くみなの顔を見回しながら、しぶしぶ座った。
「今が神々の黄昏の時代と、市民の間ではもう随分前からささやかれているのをあなたは耳にしましたか?」
「そんなたわいもないうわさ話など・・。」
「神々がなぜ神々と呼ばれ、別格視されると思いますか?」
「人間の手本となる偶像を作っておかなければ、弱い人間はたちまち身を滅ぼすからですよ。」
「神々というが、その神々に共通する唯一のものはなんだと思います?」
「・・共通?」
 アルハラはつぶやき、そして答えた。
「例えば・・完璧さ。」
 ユーニスは微笑みをたたえてはいたが、小さく首を振った。
「いいえ。変わり続ける、ということです。」
「えっ?」
 アルハラ以外からも声がもれた。
「変わらないのが神でしょう?」
 アルハラが不審げに声を上げた。
「ではこう言いましょう。進化しつづけるのが神々。いつも新しく、ひとときも同じではない。それをひとは手本としようとしました。」
「つまり、」
 アテヒトが口をはさんだ。
「神々が黄昏れるというのは、世界の進化が滞ってきたということですか?」
 ユーニスはうなずいた。
「一番分かりやすい例をあげましょう。“死”というのは昔から穢れとしてある意味嫌われ、遠ざけられてきた。それはなぜかというと、死というのはひとつの進化の終わりの姿であり、上昇するらせんの柱がそこから失われるということだからです。サオ・ハならわかるでしょう?」
 サオ・ハはうなずいた。
「いのちはそれで終わりではないけれど、死のそばによればわかる。そこには生きてるものとまったく違う空気の流れが現れる。流れていないし、ひろがりもない。」
「生きながらにも、死に近いこともあります。それは留まり続ける状態。」
「首都がそれだと?我々は今そうなのだとおっしゃるのですか?」
 アルハラが問うた。
 ユーニスは微笑むこともやめ、うなずきもしなかった。
「だが、それが平和だというのだとしたら?神々のまねなどしなくともよい。このままでいいのです。」
「アルハラ。」
「はい。」
「ことが起こってからでは遅いのです。大きな災いが起こる前に、動くのです。」
 アルハラの顔は納得していなかった。
 ユーニスは続けた。
「我々だけでことを進めようとしていたことは謝ります。慎重を要することだったので。ですがあなたのような考えはあなただけではないでしょう。時が至ったというなら、公にし、あなたのいうように議会にはかりましょう。」
 アルハラはようやくうなずいて、立ち上がった。
「では、そのように。」

 アルハラが立ち去って、アテヒトは思わずユーニスに尋ねた。
「ジンを恐れる人もいるのですか?もとめるものとばかり思っていた。」
「ジンはただ穏やかな平和なものというだけではない。変わるということには多かれ少なかれ力を必要とします。それが喜びや輝きも連れて来るのですが、超えなければいけないこともある。」
 エルナハンが告げた。
「急いだ方がいい。エトーを早く見つけることだ。」
 サオ・ハがアテヒトの方を向いて言った。
「アテヒトにはたらいてもらったらいい。」
「どういうことだ?」
 トーダが聞いた。
「ドラゴともっと近づいて、彼女が隠しているものに触れてください。」
「それは何?」
「わからない。だけど、それはアテヒトにしかできない。そんな気がする。」
 アテヒトは困った顔をしたが、デンが笑いながら背中を押した。
「おまえがいたからドラゴはここへ来たんだ。責任をとれ。」
 デンの無茶な理屈に少し笑ってうなずいた。
「わかった。っていうか何もわかってないけど、ドラゴと話してみる。」
 とは言ったものの、何を話していいのか、皆目見当がつかなかった。
 会議室を出てひとつため息をついた。

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ドラゴと
 デンに送られてドラゴたちのいる施設に着いて、部屋へ向かった。
 ドアを開けたドラゴは少し驚いた顔をした。
「ひとりか?」
 うなずいたアテヒトは中へ入っていいかという仕草をした。
 ドラゴはドアを大きく開いた。
「なんの用だ?」
「なにか不便はないかと思って。」
「なにもないね。なにもないってとこがかえって不便だが。」
 アテヒトは小さく笑った。
 ドラゴは目を細めた。
「可笑しいか?」
「ああ。あなたはどこか、憎めないよ。ほんとうに独特だ。つっけんどんかと思えばほんとはそうでもないんだ。それは少し話してればわかるさ。」
 ドラゴは口元をゆるませて、アテヒトに飲み物をすすめた。
「わたしのことを話してくれないか?」
「おまえの?」
「知ってることを。エトーから聞いた限りのことを。」
 ドラゴは黙った。
 自分の分の飲み物を注ぐと、アテヒトにソファーを示した。
「おまえの父のことを話そう。」
「父さんのこと?」
「覚えていないんだろう?」
 うなずく。
「エージンはいい神仕えだった。なにしろ、自分の身のほどってものを知っていた。」
「身のほど?」
「自らよりも大きなものがあるとこころから信じ、それにほんとの意味でかしづくことができるというのは、しあわせなんだよ。それは自分がいかに小さいかを知ってるってことだ。」
「そういう人だったんだ。」
「そうさ。」
「なぜ思い出せないんだろう・・。父さんは生きているだろうか?」
「さあね。」
 ドラゴはちょっと黙って、反対に聞いてきた。
「おまえは、ここの連中をどう思っているんだ?」
「ここの?ユーニスやエルナハンやトーダたち?」
「利用されているんじゃないのか?」
「利用って何に?」
「もちろん、ジンを探すためだ。」
「彼らは首都がある意味死んでるのをほんとに憂いているんだ。だから、ジンを探している。わたしには正直いってそれがなんなのかはまだよくわからない。だけど、彼らが誠実なことは感じてるさ。」
「サイタンのことは聞いたか?」
 アテヒトはそのことを言うドラゴの顔を見た。そしてうなずいた。
「サイタンはどこかにいる誰かのことじゃない。おまえであり、オレだ。」
 自分のことを指差すドラゴに驚いて聞き返した。
「サイタンなのか?」
「よく聞け。」
 ドラゴは苦笑して、もう一度ゆっくりと告げた。
「おまえであり、オレ、だ。そして、ユーニスであり、トーダだ。」
「えっ?」
「どこか別のところにサイタンと顔に書いた悪者でもいると思ったか?」
「狙う者がいる、と。それからエトーは逃げているんじゃないのか?」
「今日、神のはしくれだったものが、明日、サイタンとならないと誰が言えよう。」
「?」
「昔から唱われている詩だ。エトーはひとのサイタンを暴くこともする。ほんとうのジンを伝えるために。」
「詳しいんだな。どうしてそこまで知ってるんだ?」
 思わずアテヒトは思ったことを口にした。
 ドラゴは黙った。
 ひと呼吸おいて、静かに口を開いた。
「エトーは死にそうだった。死ぬ前に全てを誰かに託したかったんだ。」
「エトーは死んだのか!?」
 ドラゴは首を振った。
「いや。言ったろう。自分の生き場を本能のように嗅覚で感じて探り当てるため発った。」
「もしかして、ドラゴは一旦ジンも託されたとか?」
 ドラゴはにやりと笑った。
「触れたのか?ジンに」
「その前にエトーは回復して発った。」
「そうか・・。」
 アテヒトは脱力した。
 ドラゴはそんなアテヒトを見てまた目を細めた。
「おまえは幼い頃から垣根のない子だった。」
 アテヒトはドラゴを見た。
「普通なら人が嫌う物もらいの子を、追いかけて一緒に遊んだそうだ。死んだ者を恐がりもしなかった。冷たいから温めてやろうといつまでもさすっていたこともあった。記憶はなくしてもそんなおまえはなくすな。本来なら神官になるところだった。神官になったらいい神官になったことだろうな。」
 アテヒトは不思議な気持ちになった。
 自分の知らない自分をこの人は知っている。
 浜に打ち上げられてからの、寄る辺ない想いがほんの少し癒された。
 ドアをノックする音がした。
 ドラゴが立って扉を開けると、バギが立っていた。
 バギはアテヒトが座っているのを見て、ドラゴを見たが、アテヒトにほんのり笑ってみせた。
 アテヒトも思わず笑い返した。初めて見るバギの笑顔だった。
「じゃあ、失礼します。」
 アテヒトはそれを潮に立ち上がった。

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エダナント
 首都をもっと見てみたい。
 そのアテヒトの希望につきあったのはサオ・ハだった。
「自分で感じてみたいんだ。ジンが薄れるってどういうことか。」
 ユーニスは快く承知してくれた。
「ドラゴはどう?」
 サオ・ハは会議室や飛行場のあるセンター棟のエレベーターを下りながら、アテヒトに聞いた。
「ほんとによく知ってるよ。エトーは死にそうになって随分しゃべったらしい。だけど、しゃべったのがドラゴでよかったんだ。」
「そう?」
「あのひとは荒っぽくとっつきにくく見せてるけど、真ん中は頑固なくらい一本気だよ。」
「隠してることは?」
「きみのいう通り。ドラゴはまだ何か隠してる。それは感じる。だがまだ、それは時が来ていないんじゃないかな。」
 サオ・ハはうなずいた。
 一瞬のようにして1階に降りた。
 アテヒトは初めて首都の土を踏むこととなった。

 緑陰濃い大地だった。
 空を見上げた。重なり合う樹々のすきまから、木漏れ日が煌めいている。
 下に降りても建物らしきものはすぐには目に入らない。
「前に言ったように建物はうまく緑に埋もれてる。歩こう。」
 サオ・ハの歩幅に合わせて歩き出した。
「ここの人の暮らしが見たいな。」
 アテヒトがつぶやくと、サオ・ハはうなずいて言った。
「そうだね。案内するよ。」
 アテヒトはサオ・ハと並んで歩きながら、自分より年下であろうサオ・ハの細い横顔を見た。かねてから感じていたどこか引かぬその強さを思って問うた。
「サオ・ハは家族は?なぜジンを探すメンバーになったんだ?」
 サオ・ハはちらっとアテヒトに目をやったが、そのまま前を向いたまま歩みを緩めなかった。
「家族はいない。ユーニスに拾われた。ユーニスは生きる道を教えてくれた。」
「生きる道?」
「境人にも生きる道はある。」
「そりゃそうだろう。どころか、きみのような人こそ、必要、だろ?」
 サオ・ハはどこか哀し気な表情を浮かべたまま少し笑った。
「着いたよ。」
 大きな樹の前でサオ・ハは止まった。
 アテヒトはとまどってその樹を見上げた。
 サオ・ハが樹に触れて話し掛けると、驚いたことにその樹の幹が開いた。
 精巧に作られた、それは建造物だった。
 エレベーターのようなものに乗る。それは下り出した。
 着いたところは明るかった。地中に下りたと思っていたら目の前に現れたのは、眼下に緑が広がっている採光のいい窓が一面に取られたスペースだ。
「えっ!?」
「ここは崖状になっているところに作られているから、眺めはいいよ。」
 人が現れた。
「ワルラ。」
 男はうなずいた。
「紹介するよ。アテヒトだ。」
 ワルラは歓迎の笑みを浮かべ、中へとうながした。
 小さな女の子が子犬のように現れて、アテヒトたちにまとわりついた。
 少し大きめの部屋に入ると、今度は女性が現れて迎えた。
「ワルラのパートナー、ハワだ。この子はふたりの子アシュケ。そして、エダナント。」
 エダナントと言われた男の子は、黙ってこちらをただ見つめていた。
「よろしく。」
 アテヒトはワルラとハワと手を交わした。
「ユーニスの客人。首都は初めてだから首都の暮らしを見せてほしいんだ。」
「うちなんかでいいのかい?」
「ここがいいんだ。」
 アシュケがうれしそうにアテヒトに抱きついてくる。
 ハワがお茶を運び、部屋のカーテンを開いた。どこにあるのかそのスイッチを操作すると眼前にやはり広々とした緑が広がる。
「お昼を一緒にする?」
「ありがと。」
 サオ・ハは微笑んだ。
 アテヒトはアシュケに気に入られたようで、アシュケは満面の笑顔を浮かべたままアテヒトを離そうとしなかった。
 アシュケの天真爛漫さとうってかわって、部屋の家具のように固まっているエダナントがアテヒトは少し気になった。
「暮らしが見たいんなら、買い出しに行く?普段は配達で済ませるけど、それじゃつまらないでしょ?」
 ハワがアテヒトに笑いかけた。
 アテヒトとサオ・ハはうなずいて立ち上がった。
 アシュケが跳ねながらついてくる。
「エンタテイメント・ブロックに市場があるわ。」
「でも、普段は買い出しなんて行かない?」
「家事というのはいくらでも省略できる。そのためにあらゆる機器がサポートしてるわ。でもそれだと潤いがないから、楽しみとしてそれはあるのよ。」
 自家用小型飛行艇でその市場に飛んだ。
 ここだけぽっかりと空が開けた明るい空間に、出店がたくさん並んでいた。
 ハワは色とりどりの野菜の名前をアテヒトに教えながら、手早く買い物を済ませ、市場の広場に出た。
 アシュケが喜んで走り出した。
「元気な子だ。」
 アテヒトが笑いながらつぶやくと、ハワもうなずいた。
「エダナントはあまり外に出ないんですか?おとなしそうだ。」
 ハワは黙った。そしてそっと語った。 
「あの子は感情をあまり表現しない子なの。」
 アテヒトはサオ・ハの顔を見た。
 サオ・ハは微かにうなずいた。

 みんなで家にもどると、アシュケの笑い声が混じるにぎやかな昼食の仕度が始まった。アテヒトは楽しそうな家族の様子を眺めながら、そっと離れてエダナントのそばへと腰掛けた。
「やあ。」
「・・・。」
「楽しそうだ。いつもこんな食事なのかい?」
 エダナントは横顔を見せてアテヒトの問いには答えなかった。
 だが、アテヒトには分かった。答えないが、エダナントは聞いていないわけじゃない。
 そっと彼の肩に触れた。少しビクッとした反応があったが、それはすぐに緩んだ。
 アテヒトは彼の前にまわると、その瞳を覗き込んだ。
 そしてただ、笑いかけた。すると、エダナントはアテヒトの瞳の奥の奥の方を吸い寄せられるようにまっすぐに見つめて、そして、それからゆっくりと口元を緩ませた。
「じゃあ、あっちへ行こう。」
 そう言うアテヒトに手を取られて立ち上がった。
 ハワが手にした皿を持ったまま少し驚いた瞳をしてこちらを見ていた。
 ワルラが笑った。
「やあ。きみには心を許したようだね。」
 けげんな顔をするアテヒトに、サオ・ハは苦笑して言った。
「アテヒトは何をやったか自分で気づいてないよ。」

 ワルラの家を出て、サオ・ハは振り返った。
「エダナントはひとつのしるし。エダナントにはジンが必要なんだ。」
「でも、いい家族だった。どうしてなんの不足もないように見える家族の中でエダナントは閉ざされてるんだ?」
 サオ・ハはとても首都とは思えない森林を散策しながら、黙った。
 アテヒトはさらにつぶやいた。
「どんなに時代が進んでも、エダナントのような孤独が出て来るのは、それはぬぐえないことなのか?」
「違うよ。きっとぬぐえる。今より少しでも。そうじゃない?いつも、今より進むためにわたしたちはここにいるんだ。」
 アテヒトは立ち止まった。
 サオ・ハも立ち止まった。
 アテヒトはサオ・ハのまっすぐな澄んだ瞳を見た。
 その奥にある切ないものを見た。
 それが、人が見えぬものがまっすぐ見えてしまう境人の背負う切なさだと感じた。
 サオ・ハは続けた。
「ワルラやハワが悪いんじゃない。もちろんエダナントも誰も悪いわけじゃない。一緒。エダナントはしるしの役を請け負っていてくれてるだけ。わたしたちの代わりに。だからわたしたちはわたしたちのできることをしなくちゃならない。分担だ。そう言ってユーニスはわたしの分担を教えてくれたんだよ。」
 切なさゆえにサオ・ハは純粋にジンを探し出すことを使命にしている。
 アテヒトはサオ・ハの想いに胸が疼いてうなずいた。
「ちょっと待って。」
 急にサオ・ハが腕を耳に近付けた。
 手首に巻き付けた何かから音声がした。
「もどろう。動きがあったみたい。」

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