神々の黄昏の時代
エイジアの民に伝わる《ジン》
それを探す首都の民

《ジン》とは?サイタンとは?

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惑星の王冠
 次の瞬間、アテヒトは自分が惑星の上空にいるのを感じた。
 だが、同時に議場にいることもわかっていた。
 自分というものが、顔や手足を持っただけのいきものではないということ。全存在をかけて感じていた。
 見たことがないはずなのに、美しい星の姿を眼前に見ていた。
 深い満足と、絶対の安心と、震えるような感動を同時に覚えていた。
 それは、生まれる前に感じていたことだとわかった。
 この星に降りてゆく前に、存在はこの星の美しさに震える。
 隕石のように降り注いで、みなやって来る。
 肉の器めがけて。

 隣には帯状にたなびく同胞たちがいた。
 今、議場にいる人間がすべて、いや、今、この惑星にいる人間がすべて、ここにいることがわかった。
 なぜなら、アルハラの哀しみも、デンの哀しみも、すべて映りあい、融け合い、万華鏡のように輝いて自分の記憶として映し出されていたからだ。
 怖れも不安もそこでは荘厳なまでの宝物(ほうもつ)だった。
 好奇心に満ちたわたしたちは、死への不安すらもそこでは微笑み、受け取っている。
 どこまでも透き通った妙なる歌声が幽かに響き渡っている。
 アテヒトにはわかっていた。1度も聞いたことがない、あれはモリンの歌声だ。
 アテヒトは自分たちが、惑星といういきものを讃えるために捧げられた王冠であることを感じていた。
 王冠は、王冠として賛美されるのではなく、それを捧げるものを賛美するために生まれた。なぜならこれほどの美の王は、ないからだ。

 アテヒトは赤子のようになって深い息をした。
 そして静かに目を開いた。
 議場では人々がそれぞれに深い体験をした呼吸に支配されていた。

 首都の機能は静かに止まった。

・・・・・・・・

 空調も、灯りも消えた議場で、だが、人々はなんとも言えない広い地平と深い安らぎを感じて言葉をつむげないでいた。
 エトーが言葉を発した。
「エトーの智慧はどんな知識でもない。体験することは様々だ。だが、たったひとつ共通するものがある。」
 そう言って書物を閉じる仕草をした。
「それが何かはわかる。」
 アルハラがやっと言葉を口にした。

 灯りがやわらかく戻って来た。
 空調も静かなうなりを上げ始めた。
 エレベーターは精妙な動きを見せ始めた。

「ここから始めましょう。」
 ユーニスが代表して述べた。


 惑星世紀三千年。
 ひとつの大陸に寄り添いあう砂金のようないのちの粒は
 ようやく無数の変遷から脱皮し、
 惑星を賛美し、銀河を賛美する進化を迎えた。
 それによって惑星の変動は鎮まりを見せ、その重力によって銀河の安定に貢献し、さらには昇華によって太陽系を引き上げ、進化はさらに次の次元へと入った。

  〜END〜


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エトーの智慧
 ユーニスはドラゴの目を見て一瞬驚いたような顔をし、目を見開き、そして、立ち上がった。
 そして自ら議長の椅子を降りて、ドラゴを招いた。
 ユーニスの次の言葉を聞いて人々はどよめいた。
「ようこそ。エトー。」
 ドラゴは否定しなかった。
 議長席の横で立ったまま、みなの方を向いた。
「わたしは前に言った。『待たれているものはどんな形であろうとやってくる。』と。」
 静まり返った議場にドラゴであるところのエトーの声は響き渡った。
「残念ながらこのような形でやってくることになった。」
 しんとした湖に、哀しみのような懺悔のような色の波紋がひろがるような、そんな声を発してエトーはぐるりと人々を見渡した。
「わたしは待っていた。ジンとは妙(たえ)なるものだ。人々が受け入れる準備が整わなければ、それはここに顕われても顕われたとは言えないだろう。」
 そこでちょっと区切るとかみしめるように言葉を口にした。
「ひとはサイタンなのだ。あらゆる人が。例外はない。」
 議場の人々はざわめいた。
「ひとは自分ではない、誰かがサイタンだと思う。だが、何かを求めるとき、何かを虐げていないことはない。サイタンである人ができるのは、自分こそがサイタンであるとわかっていることぐらいだ。」
 物想いにふけるようにエトーはいったんうつむき、再び顔を上げると一歩前に歩を進めた。
「どこまで時を待つのか、わたし自身も揺れた。」
 エトーの意外な言葉に微かなざわめきが起こった。
「なぜ今、ここに・・。」
 トーダの絞り出すような声がした。
「痛みを負わせながら、だが、待たなければならなかった・・。何よりもひとが自分のサイタンに自分で気づかなければ、これは受け取れない。」
 再びしんとした。
「だが今こそ、ひととしてここに来なければと思った。エトーである前に。」
 アテヒトの方を向いて微かに眼差しだけで微笑んだ。
 アテヒトはエトーであったドラゴの、事故現場で見せた、哀しみと懺悔を引き受けたあの深い瞳を思い出した。
 サオ・ハはアテヒトがエトーのこころを開いたことを心の内で洞察していた。
(アテヒトだったね・・。ジンに触れたのは。)
「ここに、事故の犠牲者への哀悼の意を捧げる。」
 しばらく黙とうが続いた。
 再び目を開いたエトーは告げた。
「もし、まだ受け入れがたい気持ちを抱く人々がいるならわたしはここを去るだろう。選択はあなたたちにゆだねる。」
 ユーニスはアルハラの方を振り向いた。
「どう答えますか?」
 アルハラは言葉を無くしていた。
 内側のかっとうと向き合っているようだった。だが、否定する言葉はなかった。
 否定していた人々はみな、アルハラのように言葉がなかった。
 なぜなら、今まで見たことも感じたこともない手触りの人間と向き合っていたからだ。
 それが何かと、言葉にすることが出来なかった。
「これが答えです。」
 ユーニスの答えにエトーはうなずいた。
 エトーはやっと、みなに向き合える議長の椅子に座った。
「では、紐解こう。ここに。・・エトーの智慧を。」
 エトーは目の前で書物を開くような仕草をしてみせた。
「ここにエトーの智慧はある。」
 開かれた掌を見て、人々はさざめいた。
 明らかな形のあるものを期待していた人々が思わずもらしたささやきだった。
 エトーは微笑んだ。
「では、ゆこう。」

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サイタンの僕
 事態の収拾に追われたユーニスがようやく議会を開いたのは事故から5日目だった。
 アテヒトは議場に入ってすぐにピリピリとした空気を感じた。
「我々のシステムはこうも脆いものなのか?」
「違う。想定外のことが起きたんだ。今までの二千年はこれでやってきたじゃないか。」
「想定外、ということがあること自体がすでに脆いんだ。だから根本的なことに早く向き合うべきだったんだ。」
「なんとかしないと、これで済まないぞ。」
 言葉が飛び交っている。
「そうやって怖れをあおるな。何も戦争が起きたわけじゃない。もっと冷静になるんだ。」
 そう言ったアルハラの胸ぐらをつかんだのはデンだった。
「人が死んだのをなんだと思ってるんだ!」
「ジンを入れたいというやつらこそ、敵対を産んでいるんだ。その不安定な心が事故を産む。どうしてそれがわからない!」
 アルハラの声と同時ににぶく肉に拳が食い込む音がして彼は崩れ落ちた。
「デン!」
 ユーニスが叫んだ。
 デンは憎しみの色を顔から隠さずに、大きく肩で息をしていた。
 アテヒトはあっと直感してサオ・ハを見た。
 サオ・ハも見返して、微かにうなずいた。
(モリンが・・?)
 ユーニスは大きな息をつくと、低く響く落ち着いた声を出した。
「サイタンの僕(しもべ)とならぬよう。たとえ何があろうとも憎しみはジンに何よりも遠きもの。デン。あなたは退場しなければなりません。自分は人間の代表であるという意識をしっかり持ちなさい。あなたのこころがあなたをくいとめなくて誰がくいとめてくれるというのです。」
 デンは震える拳をもう片方の手で押さえながら、うなずいて、そして出て行った。
 アテヒトは後を追った。
「デン!モリンは!?」
 怒りながら泣きそうでもある無防備な顔をして、デンはアテヒトを見た。
 そして収まりつかぬ感情の生き物に操られるように、拳で白い壁を殴った。
「遅かった!アルハラも!オレも。ぐずぐずしてる間にこうだ!取り返しがつかない!」
「デン・・。」
「オレはいったい何をしていたんだ!迷っている場合じゃなかった。ジンを入れなければこうなることはわかっていたんだ。失ってみて初めてさいなまれるなんて・・。」
 少し血のにじむ拳を閉じたまま、脱力したようにデンは立ち尽くしていた。
「ジンを入れればそれで済むのか?」
 声がして振り返った。
 トナンがいた。
「どっちもどっちだ。ジンさえあれば何かが起こると思ってる。外のジンにおびえ、外のジンばかり探してる。」
「オレはもっと何かをやるべきだった。」
 デンが言うのに、トナンは答えた。
「過去なんかいい。今、そのこころに向き合え。何もしなかったっていうその悔しさと、それをひとにぶつけてるってことと。ジンを迎えるにはきっとその痛さにも耐えなきゃだめだ。でなきゃ簡単にひとと争う。そしたらジンが受け取れない。」
 そこまで言って、トナンはアテヒトの方を向いて苦笑して言った。
「それはあたしのことだ。そうだな?」
 アテヒトは答えられない、というように首を振った。
 その時、ドラゴとバギがこちらに向かってやってくるのが見えた。
 ドラゴたちはまっすぐ議場へと向かっていた。
 ドラゴは何も言わなかった。
 あの、森のような、深い湖のような目で、立ち止まらずにまっすぐ前を向いたままアテヒトたちの間を抜けていった。思わずアテヒトが、トナンが、そしてデンまでもがその後ろについて議場の扉を開いた。
 議場にいた人々は一斉に扉の方を見た。

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事故
 議会が終了して、アテヒトはひとりでエレベーターを下り、首都の森を歩いた。
 森の湿り気のある空気は、アテヒトのほてった頭を冷やしてくれるようだった。
 少し暮れかけて夕映えが緑をやわらかく照らしていた。
 歩いて、歩いて、尽きるところまで歩いた。
 そこは崖になっていた。
 広く遥か地平まで見渡せる。
 続く緑の海の渚で、アテヒトは自分の中に言葉にならないものが落ち、それを迎えて何かが湧いて来ているのを感じていた。
(・・・。)
 それが何かを感じながら星が出てきた空を見上げた。
(・・じゃあ、わたしはジンを欲しているんだろうか?)
 その問いに胸がうずくのにアテヒトははっとした。
 まるでそこに小さな空洞があって、そこから風が呼ぶようだった。
 恋しくて恋しくてまるで恋うる存在を呼ぶように、それは呼ぶのだった。
(・・この足りないものを埋めるのがジン、だろうか。置き忘れたもののように。欠けている破片のように)
 具体的な足りなさの正体はわからないまま、ただ自分の中に呼ぶ声があることを聞いた。
「ここにいたのか。」
 デンの声に振り返った。
「ハワが、ひとりでこっちの方へ歩いてゆくアテヒトを見たと教えてくれた。さあ、帰ろう。陽も暮れる。」

 翌朝、呼び出し音で起こされた。
「どうしたんだ?こんな早く。」
 サオ・ハの珍しくうわずった声が音声伝達機から飛び込んで来た。
「事故だ!大きい。すごい騒ぎになってる。」
 アテヒトはあわてて施設が用意してくれた飛行艇でセンター棟に向かった。
「どうしたんだ?」
 サオ・ハを見つけて駆け寄り、問うた。
「エレベーターが一斉に誤作動した。急降下して怪我人がたくさん出ている。死者もいる。」
「デンは?」
「モリンが落ちて治療棟に運ばれたんで飛んでいった。」
「モリンはだいじょうぶなのか?」
「わからない。」
「どういうことなんだ?いったい?」
「起きたんだよ。」
「起きたって?」
「安全装置も効かなかった。誤作動を引き起こした人の不安や動揺は想像以上に大きかったんだ。」
 絶句するアテヒトに、サオ・ハは哀しい目をしてうなずいた。
 アルハラが側近に指図をしながらすごい形相で通りかかった。
 その時、声をかける者がいた。
「おまえがジンを入れないでいるからこうなった!責任を感じろ!」
 アルハラは立ち止まると、その者に近づいて胸ぐらをつかんだ。
「ジンなどとよけいなものを持ち込もうとするから人心が騒ぐのだ。文句があるならユーニスらに言え!」
 それを聞いた市民がふたりの周囲に集まって来た。
「おまえのようなその荒れた心が事故を引き起こしたんじゃないのか?」
「わたしが荒れるのは無責任な人間に腹を立てているからだ!」
「アルハラだけじゃない。ひとりふたりの心でこれだけの事故が起こるわけがない。人のせいにするそっちもどうなんだ?」
 別の人間が口をはさむ。
「何を!」
 新たな喧嘩が始まりそうな気配を見て、サオ・ハが手を挙げて制した。
「待ってください。こころを静かにしないとまた事故が起きます。火を注がないで。」
 それを聞いてみな仕方なく黙った。
 アルハラは大きく嘆息すると、白い会議室の方へと足早に歩いていった。
「死者はどのくらい?怪我人は?」
 アテヒトが問うと誰かが答えた。
「二、三十人が死んだ。怪我人は数え切れない。」
 アテヒトは思わず事故現場へと走り出した。

 エレベーターはすべて1階で停止していた。
 まだたくさんの人々が横たわり、介抱する人々が幾重にも取り囲み、人々はせわしなく行き交っていた。
 アテヒトは何をしたらいいのか分からなかったが、目についたひとのそばに駆け寄り、ひざまずき、顔を寄せて声をかけた。
「だいじょうぶですか?何かしてほしいことは?」
「・・・。」
「なんでも言ってください。なんでもいい。」
「みず・・を。」
「わかった!」
 水を探しに行こうとして立ち上がったアテヒトは肩をつかまれた。
「今は水を飲ませない方がいい。打ちどころが悪ければ容態が急変する。そばにいて手をとって話かけてやるんだ。すぐに治療棟へ運ぶ順番が来る。」
 ドラゴだった。
 アテヒトはうなずいて横たわるひとのそばに再びひざまずいた。
 ドラゴはアテヒトの瞳を見て、ふっと力を抜いて微かに笑ったように見えた。
「おまえはちっとも変わってない。」
「えっ?」
 それを境にドラゴの表情が変わった。
 垣根がなくなり、何かを守っていた柵が取り払われた。
 弱っている者のそばに惜しみなく気さくに寄り添い、アテヒトのようにとまどう者には的確な指示を与え、落ち着きを取り戻させた。
 驚いたことに、あの大男のバギも、ドラゴにつられるようにとても繊細に怪我人の処置に当たっていた。
 人々の間をぬってひとつひとつ丁寧に処置していくドラゴの動きは、それだけで見ている者を安心させた。
 ドラゴのほんとうの一面を見たように思ってアテヒトはつい目で追った。 
 そんなアテヒトの目の前をすっと通りかかって、ドラゴはアテヒトに目配せをくれた。
 アテヒトはハッとした。
 目の前のひとをなおざりにしてドラゴを見ていたのだ。
 ドラゴはまなざしだけでそれを伝えた。
 その、思わぬ瞳の色の深さに、アテヒトは言い知れぬ想いを抱いた。
(あの目をどこかで見たことがある・・。)
 頭を振払い、目の前のひとにだけ集中した。
「だいじょうぶ!もうすぐ運ばれて治療が受けられます。しっかり!」
 横たわる人に必死で声をかけながら、アテヒトの脳裏にはそのドラゴの瞳が焼き付いて離れなかった。

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待たれているもの
 翌日ユーニスは迅速に議会を召集してくれた。
 その場にはドラゴもバギも呼ばれた。
「では、議会を開く提言をしてくれたサタ・アテヒトからまず。」
 ユーニスはアテヒトを指名した。
「わたしは今まで“お客さん”で、“見物人”でした。このことの意味がよくわかっていなかったからです。ですが、自分の問題だとわかったので向き合う必要が出てきました。誰ひとりこのことから逃れることは出来ないとわかったんです。この惑星に生きているものすべて。そうでしょう?」
 トーダやエルナハンがうなずいた。
「ひとのこころが首都の機器にかかわっていると聞きました。実際にそれを見ました。だけど、それだけの問題じゃない。このところの噴火などの大地の動きも、それと関係しているとも聞きました。この会議は『首都の会議』にしないでほしいんです。この星全体の行く末を決めているんだって、思って欲しいんです。そして、今だけでなく、未来に渡ってを見渡して欲しいんです。」
 議場は静かだった。
「ジンがなんなのかによって、それをわたしたちがほんとうに望むのか、望まないのかがもっとはっきりしてくるんではないでしょうか?わたしたちに何が欠けていて、何を必要としているのか。」
 立ち上がったのはエルナハンだった。
「アテヒトがいうのはもっともだ。我々はもっと広い責任を持つべきだ。その上で話をしよう。」
 ケーニヒが立った。
「たしかに、そういう視点が薄かったことは認める。その上で、ジンについてもっと語り合おう。」
「ではジンをどういったものだと思うか、思うところをそれぞれ言ってみてはどうだ?」
 そう言ったのはアルハラだった。
 アテヒトはアルハラがそう言うのを聞いてほっと肩の力を抜いた。
「では、そういうアルハラから。」
 ユーニスにうながされて、アルハラはゆっくり立った。
「わたしにはジンは脅威だ。というのも、ジンが播かれることによって何が起こるのか予想がつかないからだ。もしもそれによって平安と繁栄が保証されるなら喜んでそれを迎え入れるだろう。だが、今以上のこころの負担、社会の動揺などが起きるならそれは不必要に感じる。」
「たとえそれによって未来にもっと禍根を残したとしても?」
 トーダの問いへのアルハラの返事はなかった。
 返事がないことでアルハラの不安の大きさが伝わった。
「では今まで発言していない人の意見も聞きましょう。誰か?」
 そう言ってユーニスは議場を見渡した。
 ユーニスの声に立ち上がったのは細面の男性だった。
「ケイサン。どうぞ。」
 うながされてケイサンは発言した。
「ジンはよくわかりづらい。そうは思わないか?目には見えないしそれがどう影響するのかはほんとにはわからない。だから入れるの入れないのと言われても判断しにくい。むしろ不安を覚える。」
 ケイサンの言葉にうなずく者が多数いた。
「発言していいでしょうか?」
 おずおずとながらハワが立ち上がって、そして訥々と話し出した。
「わたしが思うジン、というのは、よくわかりませんがわたしの息子が笑うような働きのことかと思います。わたしがごく最近息子が笑うのを見たのは、アテヒトが息子に笑いかけてくれた時のことでした。どうしてなのか、ずっと考えていました。そして、思ったんです。ひとが、ひとに心底敬愛のまなざしで見つめられたなら、そのひとの何かが輝く。それはジンの働きのひとつではないかって。こころの底のそんな想いをジンと呼ぶのではないかって。そしてジンは、ひとが障害のように思うものを超える力を支えてくれる、もしかしたらそういったものではないかって。」
 ハワはそう言って座った。
「他に。」
 トナンが手を挙げた。
 ユーニスがうなずいた。
「わたしはずっと怒りを抱えて来ました。それがいったいどこから来るのかずっと自分でもわからなかった。ですが、最近思うのです。正しさよりももっと深いものがあるって。正しさは逆にそうでないものを生みます。ジンはそういったもののもっと深みにあるもっと広い地平じゃないかって。そう思う時のこころのひろがりが自分をいきいきと甦らせてくれることに気づいたんです。」
 トナンはそう言ってから、自分の中を吟味するように少し黙った。
 そして口を開いた。
「ジンは、たぶん・・。あらゆる縛りから解き放たれてひとが甦り、新たに生き直せる、そんな力を秘めている、そんなもののような気がします。」
 アテヒトはそう表現するトナンの表情が、やわらかくくつろいでいるのを感じた。
 ドラゴの言葉を思い出した。
[ひと、ありき、なんだ。ジンがただ、ジンだけあって、なんになる。受け取る人間がいなければ、ジンはただ、そこにあるだけだ。ひと、次第なんだ。]
「ドラゴ。何か言ってください。」
 思わずアテヒトはドラゴに向けて言葉を発した。あわててユーニスを見た。
 ユーニスはうなずいた。
 ドラゴは眉ひとつ動かさず立ち上がりもしなかった。
「さあ。何か。」
 ユーニスが重ねてうながした。
 立ち上がることはなく、ただやっと、一言告げた。
「《待たれているものはどんな形であろうとやってくる》・・そうだ。」
 そして立ち上がり、扉に向った。バギも後を追った。

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ひとつのいきもの
 ドラゴの部屋を出てロビーを通りかかったとき、声をかけられた。
「アテヒト!」
「トナン。」
「議会に出ていなかったね。」
「ああ。ユーニスの指示でちょっと出てた。」
 トナンはアテヒトを手招きした。
 アテヒトが近づくと、トナンは小声になった。
「実は、バギがおかしい。」
「えっ?」
 ドラゴとともに首都にやってきた熊男のバギのことだ。
「おかしいって何が?」
「不審な動きをしている。首都のあちこちに出没してる。」
「それってどういうこと?」
 トナンは首を振った。
「わからないから、追っていた。単なる物珍しさで見物してる風情じゃない。まるで何かを探ってるようだ。」
 腕組みをしたまま黙ったトナンは、アテヒトの方を見て言った。
「ドラゴはエトーを知っていると言った。それがほんとうだとしても、ドラゴがここに来た目的がなんなのかはちょっと謎なんだ。バギはドラゴに忠実のように見える。つまりはドラゴの意を受けて動いてるとしか思えない。ユーニスはでも、エトーに近い唯一のつながりとして、その謎を解くためにわざと泳がせているんだ。アテヒトは何か感じないか?」
「何かって・・。ドラゴは最初の印象よりもずっと思慮深いひとだって感じてるよ。」
「その目的いかんによってはサイタンを呼ぶ可能性もある。気をつけろ。賢さすらサイタンから逃れる条件じゃない。」
「じゃあ、一体何がサイタンから逃れる術なんだ?」
 トナンは黙った。
 しばらくしてやっとやっと絞り出したというように言葉にした。
「ここだ。」
 胸をたたく。
「?」
「ここが重い。ここが苦しい。ここがつらい。ここが気持ち悪い。そういったものでない、ここかってことだ。それをいつもじぶんでわかってるかってことだ。ほんのかすかな感じだ。気をつけないと見過ごす。」
「・・。わかるような・・。わからないような・・。」
 アテヒトは苦笑して、そして思い出したように告げた。
「トナン。」
「なんだ?」
「言ってなかった。ありがとう。」
「なにが?」
「わたしを助けてくれたろう?」
 トナンはほんとうに忘れていたように一瞬きょとんとした顔をしたあと、ほんのり頬を染めた。
「ばか。よしな。じゃあ、気をつけろよ!ドラゴの部屋へよく行ってるようだから。」
 そう言うと手をあげて去っていった。

 アテヒトは自分の部屋でティーサービスマシンを呼びながらその動きをぼうっと見つめていた。
 たしかにうまく出来ている。かゆいところに手が届くような動きをする。
 空調も照明も、料理の火加減もすべてひとのこころの微かなゆらぎを受け取って動いているという。
 立ち上がって窓辺から闇に沈む外の景色を眺めた。
 森が深いので灯りは満天の星くらいだ。
(この惑星はこの首都のある大きな大陸がひとつと海と島々で出来ていると言ってたな・・。)
 たくさんのひとの想いがこの都市を動かしている。
 まるで首都はひとつのいきもののようだった。
(ひとつのいきもの。)
 自分の胸に生まれたことばに、胸を突かれた。
 ハッと思い出した。ドラゴに出会ったとき、サオ・ハが言ったことばだ。
[首都の民にジンが失われるということは、この星からジンが失われていくということ。ならば、どこにいようとその影響は受けます。人から遠く離れて暮らそうとも。]
(ナダイ・アもツーリ・ウもウノも。父さんが生きているなら父さんも。そのあおりを受けるということ?・・遠く離れていてもつながっている、ということ?)
 たしかに首都の機器と自分たちとはつながれているわけではないが、通じている。
 アテヒトは愕然として座り込んだ。
(じゃあ、これは首都がジンを迎える、という話じゃないじゃないか。)
 連絡スイッチを押した。
 トーダが出た。
「今すぐ会いたいんです。」
 飛行艇でやってきたのはトーダとエルナハンだった。
「どうしたんだ?」
「わたしは他人事だった。」
「えっ?」
「ここでわかっていなかったんです。このことがどういうことか。」
 そう言ってアテヒトは自分の胸をたたいた。
「どういうことだ?」
「このことは首都だけの問題じゃないじゃないですか!」
 トーダとエルナハンは言葉に詰まった。
 トーダはうめくように言葉を口にした。
「そうだ。だから我々はやっきになって探してきた。」
「これはわたしの問題で、ナダイ・アの問題で、ウノの問題で、ドラゴの問題だ。もちろん、トーダの問題で、アルハラの問題です。もう一度議会を開くべきです。ドラゴも呼んでください。」
 トーダとエルナハンはアテヒトの切羽詰まった様子に顔を見合わせた。
「ユーニスにはかってみよう。」

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ひと
 デンに宿泊施設に送ってもらうために並んで歩きながら、アテヒトはつぶやいた。
「同じ憂いが違う考えを生むとはね。どちらもまっすぐ解決するような道はないんだろうか?」
 デンは黙っていた。
 そういえば今日は議会でデンが発言することはなかった。
「デンはどう思っているんだ?」
「オレはどっちの気持ちもわかる。だから何も言えなかった。」
「それが普通の人間の代表ってこと?」
 デンはそれを聞いて笑った。
「まあ、そういうことかもしれないな。ジンを入れたい気持ちと、そうでない気持ちの両方あるってことだ。ひとりの人間の中にもね。」
 アテヒトは立ち止まった。
 急に立ち止まったので、デンはアテヒトにぶつかりそうになった。
「どうしたんだ?」
「じゃあ、アルハラの中にもほんとはジンを受け入れたい気持ちがあるってこと?」
「勘違いするなよ。オレがそうだからって、みんながみんなそうじゃないだろう。」
 だが、アテヒトの顔は急に曇りがとれたように明るくなった。
「そうか。表に現れていることがすべてじゃないさ。自分でも気づかない気持ちだってあるだろ?」
 デンは肩をすくめた。

 飛行艇は暮れかけた森の上を飛ぶ。
 アテヒトの中に、自分でも思い掛けない想いが湧いていた。
(みんながほんとうに望んでいるものってなんだ?)
(つまり・・ジンってなんなのか?ジンによって何がどうなるのか、それをもっと知りたい・・。)
 夕食もそこそこに、アテヒトはまたドラゴを訪ねた。
 何か、ドラゴが一番今の自分の気持ちに答えてくれそうな気がした。
 扉を開けたドラゴは可笑しそうに苦笑した。
「またかい?今日はなんだい?」
「議会があったんだ。」
「議会?」
「ジンを首都へ入れるか入れないかの。」
「ふん。」
「ドラゴはどう思う?ジンを首都に入れた方がいいと思うかい?それとも?」
 ドラゴは少し黙った。
「聞く相手を間違ってる。オレは首都には関係がない。正直いって気まぐれでここへ来ただけだ。」
「そんなのどっちでもいいさ。」
「え?」
「今ここにいるドラゴに聞いてみたいんだ。」
「なぜ?」
「首都の人間じゃないからこそ、思うこともあるだろ?それに、なんていったって、ドラゴはエトーを知ってるんだ。エトーは首都にジンを伝えたいと思うだろうか?」
「そりゃ、やつはそう思うだろう。それがやつの使命だ。」
「ジンってなに?」
 アテヒトはドラゴにまっすぐ向き合って、そのひざに手を置いた。
「ドラゴの思うジンを言ってみて。」
 ドラゴはアテヒトのまっすぐな目に見つめられて、ふっと力を抜いた。
「おまえのそれだよ。」
「え?」
「エトーに聞いていたのはね。」
「なんのこと?」
「おそれも不安も持っているのに、まっすぐなんだ。」
「?」
「だからオレはここへ来た。そんな人間に興味を引かれないやつがいるか?」
「どういうこと?」
「ひとは弱い。おそれはひとを簡単に曲げる。曲がっていない人間なんてほとんどいない。だが、おまえは弱いくせにまっすぐだ。いいかい、そのいくらでもしなやかになれるまっすぐさっていうのは、誰にでもあるわけじゃなく、でもほんとは誰にでも眠ってるひとの本来の魅力なんだ。それこそが、人間なんだ。」
 アテヒトはドラゴの膝に置いていた手を離しながら、ソファーに深くもたれこんだ。
「ドラゴの言っていることがよくわからないよ。わたしのことを聞いたわけじゃないんだ。」
 ドラゴは薄く笑いながら、言葉を継いだ。
「ひと、ありきなんだ。ジンがただ、ジンだけあって、なんになる。受け取る人間がいなければ、ジンはただ、そこにあるだけだ。ひと、次第なんだ。」
「・・・・。」
 アテヒトは身を起こした。
「つまり、ひとが大事だってこと?ジンではなく、受け取るひとこそが。」
「そうなんじゃないか?オレに聞くなよ。どうしていつもオレに聞くんだ。ばかだな。」
 アテヒトはまたドラゴに顔を近づけてドラゴの目をじっと見た。
 ドラゴは微かに動揺しそうになったがかろうじて耐えた。
 アテヒトはその目を離さずドラゴに聞いた。
「ジンが播かれるとどうなると思う?」
「さあね。だが、それは待ち望まれてるんだろ?遠い年月もあらゆるものも超えてずっと待ち望まれてきたんじゃないのか?他に何を望む?だったら流れは止められないさ。」
「死すらも超えて?」
「さあね。」 
 アテヒトの目が笑った。
「ありがとう。おじゃましました。」

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同じ憂い
(サオ・ハのようなものでなくては、ジンに触れることはかなわないのではないか?)
「・・それは違うよ。」
 その時、サオ・ハがアテヒトの方を振り返って言った。
 アテヒトは驚いた。
 今の自分の思考に、サオ・ハは答えたのか?
「わたしじゃない。ジンに触れるのは。」
 議場はさざめいた。
「なんのことだ?」
 アルハラがつぶやいた。
「死への不安が我々を覆っているとして、」
 エルナハンが話を進めた。
「それが乗り越えられるものだろうか?というよりも、受け入れて最善をつくすしかないではないか?」
 サオ・ハは再び元の話にもどった。
「ええ。つまり、同じところから話をしていると言いたかったんです。どちらも。」
 エルナハンはうなずいた。
 サオ・ハは続けた。
「であるなら、その同じ憂いをどう埋めてゆくのかに行き着きます。」
「それは同じだ。死については乗り越えられるものなら乗り越えたいが、できぬなら受け入れて最善をつくすしかない。サオ・ハが言うには、我々は同じ悩みを違う方法で向き合おうとしているということか?我々の不安はそこから来ているというのか?」
 アルハラが言った。
 少し、さきほどまでの強硬さが薄れていた。
「さっき言ったジンに触れるのはわたしじゃない、とはどういう意味だ?」
 ケーニヒがサオ・ハに問いかけた。
 サオ・ハは微笑むと答えた。
「今のはアテヒトへ答えたんです。わたしのような者じゃなくてはジンに触れることはかなわないのではないか、とアテヒトが思ったから。」
「そうなのですか?」
 ユーニスが聞いた。
 アテヒトは立って答えた。
「そうです。今、そう思っていました。」
「それはどういう意味だ?」
 トーダが聞いた。
 アテヒトはサオ・ハを見た。
 サオ・ハは何も言わなかった。アテヒトが口を開いた。
「サオ・ハの中にあるこの切なさをみなさんは感じますか?」
 しんとなった場に続けた。
「わたしはジンが何かなんてわからない。だけど、感じるんです。おそらく、ジンに触れるには、サオ・ハのようなピュアさがなければそれはかなわない。そうでなければ、それはまるでジンとはほど遠いものになるのでは?サイタンを呼ぶと警告されているのは、そういったことなのではないでしょうか?」
 沈黙が支配した。
 ようやくそれを破ったのは、エルナハンだった。
「わたしじゃない、と言ったのはどういう意味だ?」
 サオ・ハに問うていた。
 サオ・ハは年に似合わぬ大人びた表情をしてふっと笑った。
「言葉通りですよ。わたしは境人です。わたしにはまっすぐ届いてしまうものがある。それは望んでも裏切れないものです。わたしでないということだけはハッキリ言えるのです。」
「じゃあ、それは誰、ということだ?首都の誰かなのか?」
 反対派であったケーニヒが思わずつぶやいた。
「届かないものもまっすぐ言わなければなりません。わたしにはそれはなんとも言えないということだけ今は言えます。」
 ユーニスが発言した。
「話の筋を元にもどしましょう。我々はジンを入れるのか入れないのか。どちらの派の底にもある死への不安をどう埋めてゆけばいいのか?」
「それがジンを受け入れるということだ。」
 トーダが言えばアルハラも主張した。
「それがジンを入れないということだ。」
 サオ・ハはそっと笑った。
 静かに席を立つと、まるで風のように音もなくふっと、議場から去っていってしまった。

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不安
 アテヒトはドラゴの部屋にいた。
 その日あったことを、ひとりでは消化し切れず、思わず扉をたたいていた。
「サイタン?」
「ああ。ドラゴが言うように、巧妙にサイタンは誰しもに潜んでいるんだね。だが、それをいったいどう見分ければいいんだ?」
「その、トナンが言った通りだ。他を犠牲にする、虐げる、とか、ひとつの正しさに凝り固まっていないかどうか。そのあたりだよ。正しさはくせものだ。いくらでもすり替えられる。正しさのためにひとは人を殺してきた。これは何千年も変わらない。」
「正しさってなんだ?わからなくなってきたよ。」
 腕を組んで窓にもたれて立っていたドラゴは、アテヒトが身を預けているソファーに並んで腰を降ろした。
「こう思えばどうだ?あたたかく、希望にあふれてくるものを目指す“方向”が大事だって。」
「・・。」
「だが、それは方向であって、ただそうだと一言でいえるものでもない。その道の途中は内に嵐を呼ぶ厳しいこともあるかもしれない。こう、と決めるな。だが、これはひとつ言えるかもしれない。その厳しさというのは人に向けるというよりは、自分に向けるものだろうな。」
「なんだかあやふやだな。」
「そうだ。いいことを言う。雲を掴むようなところに案外ほんとのことはある。」
 だが、アテヒトはその曖昧さをドラゴが力強く抱えることができるところに、落ち着きを取り戻して来た。
「なんだか、少し落ち着いたよ。不思議だ。なんにも解決してないけどね。」

 エトーを見つけだすことが出来ぬまま、議会は召集され、懸念していたことがまさに実現しようとしていた。
 アルハラは首都の民の不安を代表して、変化への抵抗を主張した。
 ユーニスは議長である立場上、自身の意見は最後まで控えなければならなかった。代わりにエルナハンとトーダが、エトーの智慧を首都に迎えることを主張した。
 アルハラは強い調子で詰問した。
「きみらはエトーの智慧、エトーの智慧、というが、それがどういったものかわかっているのか?それを入れることによって起こることにまで思いを巡らせているとはどうも思えない。首都には今大きな争いはない。何を変える必要がある?」
 トーダが応えた。
「今、争いがないように見えるのは表面のうわずみの部分だ。もしも、その底にある人の心が動かなくなり、あたたかみや躍動を失っていったとしたら、激しい争いという嵐ではなくとも、無関心という砂漠に生きることになる。果たしてわたしたちはそこで生きられるだろうか?それは、つまり、ひとのいのちへの驚きもなくなり、やがては平気でひとを死にいたらしめることさえ日常茶飯事になるだろう。人は無関心によっても人を殺せる。首都の機器がひとの心によって動いていることを思えば、そのことの重大さはわかるはずだ。」
 アルハラの側近のケーニヒがさらに続けた。
「だがこういう記録もある。二千年の昔、ジンが播かれた時、想像もつかぬ事態に天地は静まり返ったと。いったい何が起きるかわからないのだ。今のままなら、少なくとも今の生活は続けられる。今すぐ滅亡するという事態ではない。我々はこれ以上を望まない。」
 エルナハンが口を開いた。
「その後の記録も見よ。そのおかげで首都の文明は花開いたのだ。そうではないか?神々の黄昏れから目をそらしているうちに、日は暮れてしまうぞ。」
 双方の意見は続いた。
 どこまでも平行線で結論は出そうになかった。
 そこで、ずっと黙っていたサオ・ハが意見を言うことを求めた。
 ユーニスが指名した。
「わたしは、ここにあるこの不安がどこから来ているのかを見るべきだと思います。アルハラたちの変化への不安、トーダたちのこれも変化への不安。それらは同じものではないですか?」
 違う意見だと互いに思っていた者同志が虚をつかれて静まり返った。
 ユーニスが問い質した。
「それは?もう少し続けて。」
「わたしたちは生きたいのです。生きるために生まれてきたのです。」
「そうだ。だからこそそうでないものに不安を感じるのだ。」
 アルハラがうなずいた。
「ですが、それはいつか必ず断ち切られる。」
「・・。」
「それがある限り、この不安はぬぐえません。」
 大人たちは絶句していた。
 サオ・ハはこの場で最年少であったが、かえって大人が普段目を逸らしているものをまっすぐに見る目があった。
 傍聴席にいたアテヒトは、サオ・ハが持つその目がどこから来るのかを、この時に感じた。
 サオ・ハは人と違うことで、人よりもなぜ?なぜ?と思い続けて来た。だからこそ、その孤独の底に沈む切ないものに触れ続けていることが出来るのだ。
 そして、それは不思議にジンに通じるものだと、アテヒトは直感した。

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サイタン
 会議室にもどると、トーダが落ち着きなく歩き回っていた。
「少し急がないと。アルハラたちは議会を否決の方へと導くために動いているそうだ。」
「というと?」
「つまり、否決になればエトーを見つけても首都ではジンを入れないということになる。我々の動きが無駄になるどころか、首都の行く末が大いに案じられる。」
「アルハラともう一度話し合ってみるのはどうですか?」
 アテヒトは素朴に提案した。
 ユーニスはそっと答えた。
「人々の底にある恐怖が先導し始めている。理屈では解決しない。」
「そこを癒すのもジンだ。急ごう。」
「どうします?」
 デンが聞く。
 トーダはしばらく頭を抱え込んだが、口火を切った。
「これは最後の手段にとっておいたのだが・・。」
 そう言ってアテヒトを見た。
「きみの記憶を探る許可をくれないか?」
 アテヒトは瞳を大きく開いた。
「どういうことですか?」
「この間サオ・ハが解析機にかけたろう。あれの少し深めのものを試してみたい。普通、そこまでのことはやらないんだが。」
 エルナハンがトーダをたしなめた。
「待て。それは。」
「わかっている。だが、他に手立てがあるか?」
 ユーニスが溜め息をついた。しばらくの間をおいてトーダに言った。
「アテヒトに説明なさい。」
 トーダはアテヒトの方に向き直った。
「よく、聞いてくれ。きみの記憶は理由があって失われているはずだ。だから、その扉を開こうとするからには何が起こるか分からない、というのが本当のところだ。万が一のことがないとも限らない。」
「万が一?」
 聞き返したアテヒトにサオ・ハが少し掠れた声で告げた。
「あなたがあなたとして戻って来れないかもしれないってことです。」
 アテヒトは言葉を飲み込んだ。
 しばらく部屋には沈黙がたなびいた。
「ほんとうに必要なのか?まだ他に方法があるんじゃないのか?」
 エルナハンがもう一度言った。
「探索は尽くした。時間がない。どんなヒントでもいい。前に進むものが欲しい。」
 トーダは絞り出すように言葉を吐いた。
 トーダはトーダなりに誠実に真剣であることは、アテヒトには分かった。
 うなずいた。
「わたしは何も持ってない。家族も。家も・・。記憶すらないんだから。たったのこのわたしでしかないんだ。でも、こんなわたしでも多くの必要とする人の役に立つんなら・・。」
 エダナントの笑顔を思い出しながら、アテヒトはそこで息を吸った。
「いいさ。やろう。」
 みな、沈黙した。
 その一言の重さを、みな、分かっていたのだ。
「やめろ!」
 その時、後ろからした声に、みな振り返った。
「トナン・・。」
 トナンはまっすぐトーダの元へ行って、その胸ぐらをつかんだ。
「今、ハッキリ分かった。あたしはあんたのこれに切れたんだ。」
「どうしたんだ、トナン。保養施設にいたんじゃなかったのか?」
「わたしが呼んだのです。」
 ユーニスが言った。
「アルハラが人を募っている。トナンにも働いてもらう。」
 トナンはトーダの胸ぐらを掴んでいた手を放した。そして言った。
「今のがサイタンだ。」
 トナンはしかし自分の怒りを抑えていた。ランバーの時のトナンとは違っていた。その証拠に低く、落ち着いた声を出した。チリチリとしたものは発していなかった。
「サイタン?」
 アテヒトが不審な声を上げた。
「今のどこがサイタンなんだ?トナン。」
「それがなんであれ、欲のために他を犠牲にした。ジンとは対極のものだ。」
「だけど、そのおかげでたくさんの人が救われるなら、いいじゃないか。」
「生け贄によって、何が救われる?ジンとはもっと大きなものだ。滅びるなら滅びよ。」
 ユーニスは立ち上がった。
「トナンの言う通りだ。わたしもサイタンとなろうとした。ここに謝る。」
 アテヒトは驚いて困惑した。
 ユーニスはアテヒトの肩に手を置いて続けた。
「誰からも圧迫を受けてはならない。たとえそれが善きことのように思えても。自分で圧迫と思わなくともだ。自分の深いところからの声の通りに従いなさい。この話は白紙だ。いいですね。」
 トーダは脱力したようにソファーに身を投げた。
 汗を拭ってひとことだけ発した。
「すまない。」
 サオ・ハがいたわるようにトーダの背に触れていた。

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