神々の黄昏の時代
エイジアの民に伝わる《ジン》
それを探す首都の民

《ジン》とは?サイタンとは?

main 訪問者 >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています



- - -
エイジア
 水面が光っている。
 エイジアはもうどのくらいそこにそうしているのか忘れた。
 樹々生い茂る河のほとりで素足をそこに垂らし、黒い瞳を落としている。
 苔のようなにぶい深緑色のからだをして、その流れはあちらから来てこちらへと向かう。
 果てなく。尽きることなく。
 黒い鳥が渡った。
 ようやく顔を上げた。
(帰ろう。)
 森を抜けて原を越え、また森を抜けて砂丘に出た。
 その縁を辿ってゆくと集落の煙りが見えて来る。
 砂丘の向こうは海だ。
 集落は砂丘の縁に、風を防ぐ樹々に囲まれてこじんまりと豊かにあった。
 こどもたちがエイジアの顔を見上げて笑いながらすれ違う。
 エイジアは板に囲まれ大きな葉で葺かれた小さな家に入った。
「お帰り。そろそろ食べるかい?」
 エイジアの母ほどの浅黒い女性がふくよかな笑顔を見せた。
 この人はどこに行っていたのか、とか、どこに行くのか、とか一切聞かない。まるで生まれた時からともにいるような当たり前の顔をしてエイジアを迎える。
 この笑顔を見ると肩の力が抜ける。
 そのせいでもうずいぶんここにいる。
 エイジアと名をつけたのもこの人だ。
 なんでも昔、北の方にはエイジアという民がいたそうで、伝え聞いたそのエイジア人のようだとこのナダイ・アにつけられた。そしてもうそのエイジアの民の住んだ陸は海に沈み、エイジアの民は世界にちりぢりに散ったのだという。
 エイジアにはそんな昔のことはどうでもよかった。
 自分の過去すら覚えていないのだから。
「おまえの息子はエアの子だ。」
 通りすがりにツーリ・ウが笑いかける。子のないツーリ・ウは、エイジアに自分の漁の術を教えたくて顔を見るたびに水神エアの子だと言う。
 そのたびにナダイは少々うれしそうに否定する。
「おやめ。エイジアはエアの子でもあたしの子でもないんだから。」
「おまえも見たろう。エアの腹から産み落とされたこいつを。エアからの授かりものだ。おまえの息子でないならおれの息子にしてもいいぞ。」
 ツーリはにやりと笑うと行ってしまった。
「ツーリはあんたが好きなんだよ。息子にしたいと思ってる。」
 エイジアはうなずいて黙った。
 ポツッとつぶやいた。
「漁師になった方がいいんだろうか?」
 ナダイは笑うのを止め、エイジアの目を見て言った。
「あんたには時が来る。だからその潮を待つんだよ。」
 謎掛けのような言葉をずっと聞かされてきた。
 ナダイにはどこか直感のようなものがあって、それを語る時のナダイには揺るぎがなかった。
「もう、そう、遠くないさ。」
 そうつぶやいてふっと横を向いた。
 エイジアは気がついていた。
 ナダイは普段見せない寂し気な表情を初めて隠したのだった。

 エイジアがナダイに拾われたのはそう遠い話ではない。
 砂丘の浜に流れ着いたエイジアを、ナダイはあきらめなかった。
 3日3晩寝ずに世話をした。
 4日目の朝、エイジアが目覚めた時、ナダイは言った。
「あんたはここに来ることになってたんだよ。」
 意味はわからなかった。
 からだもつらかった。
 けれども、エイジアにはそれはどんな言葉よりも滋養になった。
 無条件に迎えられた温もりを感じた。

 意識がはっきりしてきて、自分の記憶がないことに気づいた時も、ナダイのその無闇な言葉がどれだけ自分を支えただろう。
 それにこの村はナダイだけではなく、誰もが温かかった。
 こどもたちはみなすぐにエイジアと打ち解けて、エイジアの笑顔を紐解くのに貢献した。
 ここからどこかへ行くということは考えられなかった。
 どこかへ行く理由もない。
 過去がないなら未来も縛られることはない。
 だが、ナダイだけは違った。
「あんたはその時が来るまでここにいるんだ。だが、その時は来るさ。」
 ナダイの予言が当たるであろうことを、エイジア自身もどこかに感じていた。
 河は流れ続けるものなのだ。
 同じようでいてひとときも同じ河ではない。
 そして“その時”はやはり遠からずやって来た。
 思い掛けない方から矢を射られたように。

JUGEMテーマ:連載




Story comments(11) trackbacks(0)
スポンサーサイト


- - -
comment
- | 2011/05/15 6:09 AM
管理者の承認待ちコメントです。
- | 2011/01/10 3:08 PM
管理者の承認待ちコメントです。
- | 2011/01/02 8:36 PM
管理者の承認待ちコメントです。
- | 2010/12/28 7:56 PM
管理者の承認待ちコメントです。
- | 2010/12/24 2:22 PM
管理者の承認待ちコメントです。
- | 2010/12/19 5:30 PM
管理者の承認待ちコメントです。
- | 2010/12/15 5:28 AM
管理者の承認待ちコメントです。
- | 2010/12/06 1:34 AM
管理者の承認待ちコメントです。
- | 2010/11/27 4:45 PM
管理者の承認待ちコメントです。
- | 2010/11/23 1:29 AM
管理者の承認待ちコメントです。
- | 2010/11/02 9:18 PM
管理者の承認待ちコメントです。



この記事のトラックバックURL
http://planet-jin.jugem.jp/trackback/1
trackback
S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< July 2017 >>
Selected Entries
Categories
Profile
Archives
Links
Mobile
qrcode
Sponsored Links